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ひさしぶりに本の製作に関わりました


2021.1.17に行われる文学フリマ京都にて初出する、

『あふれる春情』
という短編集にひとつ物語を寄せさせて頂きました。
自分にとっては何年振りかの製作になります。

魅力的な2人の女性に誘われ、性行為という魅力的なテーマをもとに
いくつかの物語が身を寄せ合っている作品です。
どこでもない、どこかで起きているありきたりな生活……、だといいな。



ともに製作した皆様のご紹介。

〈白兎文庫〉https://twitter.com/shirousagibunko 
    幹さん:https://twitter.com/miki0rab
 幾美ちゃん:https://twitter.com/ikumizufusen

表紙絵:えっかむ氏(https://twitter.com/ek3mnatm)







以下、公式Twitter“白兎文庫”の文章より引用します。



『あふれる春情』

500円/68頁/文庫サイズ
性行為をテーマにした短編集。
「支配」「幸福」「自己肯定」「自己否定」「生き様」
それぞれの肌の重ね方を集めました。




興味がございましたら、ご一報を梅子まで。

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おまえはわたしの星だった


2018年の春、親友のが息をひきとった。
それはわたしにとってあまりに衝撃で、衝撃ということばでは言い表せないほど衝撃で、ひどく、つらい知らせだった。



彼女との出会いは大学1年生のころに遡る。
彼女は明るく、前向きで、笑い顔がかわいくて、特別に美しかった。
演劇を通じて彼女と出会えたことは、わたしのちっぽけな人生においてとても大きいことだった。
ほんとうはとても繊細なくせに、つらいくせに、笑ってごまかしたりもするようなずるい女だった。
とてもとてもずるい。ずるい。わたしに黙って、いなくなった。


わたしは彼女が好きだった。
風に揺れる長い長い髪の毛も、舞台に対してとても真摯で情熱を持つその思考も、さっぱりしている哲学も。
きらいなとこなどなにひとつなかった。

どんなときでも堂々と舞台に立つ彼女の姿は、まるで星のようにいつも輝いていた。
飲み会の帰りにふたりで手をつなぎ、適当な鼻歌を歌いながら時々けらけら笑った深夜。
偶然会ったついでにわたしの結婚を報告したひろめ市場の一角。
最後のパートナーとなった清里氏と三人でイタリアンを食べながら白熱した演劇論。
わたしの舞台をサポートするために車で一時間かかる田舎にかけつけてくれた日。
サカナノホネというユニットでの舞台で照明を担当してくれていた日々。
「せりなは絶対、演劇か映像かなんらかの形で作品を作り続けてくれ」と言われたLINE。
みんなが集う飲み会の途中で抜け出して、「オトコに会いに行くからじゃあね」なんて笑われた日もあった。
あのときは「なんだよ、友達よりオトコかよ!」とかちょっと思ったりもしたんだけど、今思えば、あの子がそのとき会いたい人に会いに行ってくれて本当に良かった。
言い切れない、言い表せない、すべて、すべてがうつくしい思い出になってしまった。
思い返せばいつでもあの子は笑顔で、弱音なんかひとつも吐いたことがなかった。
わたしには少しくらい心を開いてよって、ほんのすこし思ったりもした。
でもたぶんきっとこれが彼女の、彼女なりのわたしへの愛だったのだと思う。




すみこ、澄子。なんてうつくしい名前なんだろう。
おまえのためにあるような名だ。
おまえは澄み渡る水のように透き通ったとうめいで、何色にでもなれたし、何色にもならなかった。



実は、たましいの数はそんなに多くはない。
入れ物だけがあふれていて、たまに、本当にたまに、違う入れ物でおなじ魂に出会うことがある。
と、いう哲学をさらっと混ぜて表現した漫画がある。売野機子の漫画なのだけど。
わたしは、いつか彼女とおなじたましいに出会いたい。
違う入れ物でもいい、花でも動物でも虫でも微生物でも良いから、おまえのたましいに会いたい。


ありがとう。
あなたの26年間は、とても輝いていただろう。
やっと少しずつ気持ちの整理がつけられたような気がする。
そうだね、わたしはいつまでも作品を作り続けていくよ。
愛してる。わすれない。




あっぱれろくでなし




自分で言うのもなんだけどあたしはどうしようもないほどのクズで、彼氏のカズキくんが初任給で家族を沖縄に連れてっている間に飲み屋で知り合ったゆーせいくんの家に行ってセックスをしてしまったりするし、ハタチのころちょっとだけ働いてたセクキャバの客たちや知り合いに借りた金が積もり積もって50万を突破しているし、やっと見つけた職場で初日に上司にメチャクチャ怒られてムカついたので次の日に無断欠勤してそのままバックれたりするようなことは平気でできてしまうのだった。島田カナ、無職。24歳。



昼間っからベランダでビールを傾けながらたばこを吸ってぼーっとしていた。もう1時間もそうしている。カズキくんからは「家族旅行に行ってくる」以来連絡はないのでたぶんもう二度と会う事はないし、会社や取立人からの電話がウザいので携帯の電源はずっと切りっぱなしだ。もちろん両親とは18歳で上京してから一回も連絡をとっていない。高校ではイジメられていたので毎週あれやこれやと話すような友達もいない。東京でできた友達はみんなから5万くらいずつ借りてバックれたので縁が切れまくって、唯一の知り合いといえば、18歳のころやっていたゲーセンのバイトで知り合った女子中学生ぐらいのもんだった。

女子中学生はハタチになっていた。今はアパートを借りて、近所のショボい本屋で働いている。名前は吉川ちま子。ダサいのは名前だけじゃなくて、生まれてこの方髪の毛は染めたことがなくいつもボサボサで、月にいっぺんだけあたしが適当に切っているせいでいつも不格好に短い。肉を食わないのでかわいくないほど痩せている。両親はエリートだけど子供に興味がなくて、兄貴はこんなブスにも性的暴力をふるうクソヤロウだった。そのせいで高校もろくに行けずに卒業できなくて、バカでマヌケでドジでのろま。そして今、家賃滞納で追い出されたあたしの面倒をみるほどのアホみたいなお人よしだった。


ちま子が仕事に行っている間はすることもないし、あたしはいつも勝手に暮らしている。ちま子のゲームを勝手に進めたり漫画を読み散らかしたり、飽きたら売って小金にしてパチンコや競馬につぎ込んだりしていた。ちま子はなにをやっても怒らなかった。というよりあたしが怖くて怒れないんだろう。いつもビクビクしながらあたしの顔色をうかがっている。あたしは酒に酔うと暴れるタイプだったけれど、そういうのにも一切口出しをしてきたりはしなかった。だからあたしはここにいるのが楽で気に入っている。今のところ真面目に働くつもりはないし、実家に帰る予定もない。
ちま子の堪忍袋の緒が切れるまでここにいるつもりだけど、いったいそれはいつ切れるのか。正直なところ、それがとにかく謎だった。あたしは自分で言うのもなんだけど相当のクズだしよっぽどの美人とかでもない。金になるものなんか祖母の形見のルビーの指輪ぐらいであとはなけなし、おまけに躁鬱持ちで薬を常用している。いったいぜんたいなんであたしなんかを家に置いているのか、なんかのペット的感覚なのかどうなのか。まぁペットだろうと寄生虫だろうとなんだっていいんだけどあたしは。生きてても死んでても同じようなもん。ユーレイだ。死人だ。リビング・デッドだ。

あたしは煙草の吸い殻をたばこの空き缶でもみ消して、ンーッとのびをした。そんな死人でも腹が減ったり眠くなったりするもんだからやってられない。アアなにもかもめんどくさいや。精神的には安定期だけど、そういうときは決まってとろとろとした眠気が慢性的に押し寄せてくる。あたしはごろんと仰向けに寝転がって、窓枠と天井のすきまから狭苦しい空をみあげた。





「…カナさん、」

は、とした。いつの間にか爆睡していたようだった。夜はクスリがないとすっかり眠れないくせにうとうとするとすぐこれだ。しかもご丁寧にベッドに移動までしていて、あたしは枕に顔を押し付けながらウーと唸った。寝起きはサイアク。嫌な夢を見た気がするし、歯を食いしばっていたせいで顎が痛い。
ちま子はそんなあたしを不安そうにのぞきこみながら、あたしの寝起きの機嫌を損ねないようにちいさく言った。
「カナさん、ごはん食べましたか?」
「……カレーのにおい」
「帰りにじゃがいもが安かったので」
「食う」
あたしがそう言いながら布団のなかで身をよじらせるのをみて、ちま子は安心したように笑って立ち上がった。ベランダの戸は閉められていて、ビールの缶もたばこもきれいに片づけられているらしかった。もしかしたらあたしをベッドまで運んでくれたのはちま子かもしれないとぼんやり思って、やっぱりそれはないと頭を振る。ちま子は小柄で痩せ型だけど、あたしはもともと女にしてはデカいし、ここ最近の躁の波ですこし太った。おおかた肌寒くなって自分でのろのろ移動したんだろう。あたしは寝起きの頭痛に耐えながらなんとかベッドを抜け出して、すぐそばにあるクッションにおしりを下した。

この部屋は狭い。ベッドがひとつと、こたつテーブルがひとつ、テレビ、大きめの本棚がひとつあるだけで結構みちみちている。あたしとちま子はこの8畳間で暮らしている。あとはキッチンと、お風呂と洗面台があるだけ。はみだしものの二人が生きていくのにはなんの問題もないスペースだと、あたしはおもっている。
食事はこのこたつテーブルで食べる。ちま子のパソコンが邪魔なので隅にどけて、あたしはカレーがこっちに来るのを今か今かと待っていた。腹は減る。腹は減るのだ。
「はい、どうぞ。カナさん」
ちま子はカレーとライスを盛った大きめの器にを、まずあたしの前に置いた。スプーンもちゃんとある。横にはキンキンに冷えた麦茶も置いてくれた。ちま子が自分の分をキッチンに取りに行っている間に、あたしはスプーンを手に取りカレーライスに第一刀を射し込んだ。
「んー、まい!」
鬱のときは食欲なんてほとんどないけど、躁を抜けたばっかのときはあんがいガツガツ飯が食える。しかもちま子はそれなりに料理上手だときてる。あああたしが男だったらちま子を嫁にもらってたかもしんない。しかしあたしは男ではないし、男だったとしても嫁を取れるほどの甲斐性は絶対にない。断言していい。
ちま子は自分のぶんのカレー皿を持ってきて、しずかに横に座った。
「んまいわ。カレーはやっぱ庶民カレーが至高だわ」
「そうですね」
「でもアレよ、たまーにガッツリ系のインドカレーとかめちゃくちゃカラいグリーンカレーが食べたくなったりすンのよね。衝動的にさ。マァそんなのすぐ飽きちゃうんだけど」
「ええ」
「キーマカレーとかさそういうオシャレなカレーさ。あれうまいけど飽きる。ちっさいころからみんなああいうオシャレカレー食ってるから、飽きないのかな?」
「そうですね」
「あとわたしカレーにチーズ入れるやつキライ。死ねばいいと思う。なんでもぶっこめっていう根性が気に入らない。殺したい。いやでもカレーもなんでもぶっこみ煮か。ごめん前言撤回」
「わかりました」
「つーか今日寝すぎた。あたまいたい。カレーうまっ。待ってあたし臭い?風呂入ったのいつだっけ」
「二日前です」
「なんだ、まだ大丈夫だな」
ちま子は小さく微笑んだ。あたしは自分の脇のにおいを嗅いだせいでカレーを食う手を停めていたけれど、そんなちま子を見てふと気が付く。なんで笑ってんだコイツ? 生まれたころから不幸なくせして、生まれたころから人生なめくさってるあたしを養って、カレーまで食わせて、さらに仕事しないわ身近なやつからの借金まみれだわ飯食ってるとき静かにできないわ、最悪じゃん。いったいなにが面白いんだ?
「なんで笑ってんの?」
「え……、ご、ごめんなさい」
「いや謝らなくていいからなんで笑えるのか教えて」
「わ、笑える?」
「笑ったじゃん今。ねえ考えても見てよあたしらこの近所じゃぶっちぎりで不幸でクソッタレな関係だと思うんだけど。レズじゃねえからセックスもできないし。男じゃないからアンタを嫁にもらってやることもできないんだよ。貴重な二十代をなに無駄にしてんの? ぜんぜん笑えねえよ」
あたしはそこまでまくしたてると、指でかるくはじいてスプーンを跳ねさせた。カレーが飛び散って、ちま子の白いシャツにぼたりと汚いシミができる。それを見ておもしろくなって、あたしはそのままカレーの皿をちま子の胸にめがけて投げつけた。ちま子は避けようともせずにそれを被り微動だにしない。平べったい胸の上をカレーのじゃがいもやらにんじんやらがボロボロ零れ落ちて、ちま子のシャツはもう台無しだ。
「台無しだよ」
「……カナさん」
「なんなの? そのまま殺せよこんなクズ。飯なんて食わせんな。あたしなんのためにあんたと一緒にいるの? てかなんであんた笑えるのかマジでわかんない。カレーぶつけられたんだから怒れよ。キレてみろよ。笑ってんじゃねえよ」
「カナさん、あの」
「なに」
「カレー、おかわりあります」
「意味わかんない。マジであたし、あんたが怖くなってきた。なんで?」
「なんでって……多く作ったので…」
「カレーのことじゃないよ」
「カナさん、わたし」
「だから何。ていうかもう理由しか受け付けない。なにこれ。今の現状なに? 今ちょっと無理、いろんなこと無理、頭いてえし薬ちょうだい」
「はい」
素直に立ち上がりそうになるちま子を、すぐに手を伸ばして止める。突然立ち上がったせいでちま子の膝の上からカレー汁にまみれた肉が零れ落ちていくのを、2人してじっと眺めた。
「いや……薬はいいんだけど」
「でも頭が痛いんじゃ」
「毎日20錠ぐらい飲んでるしもう飲まないほうがいいと思う自分で言うのもなんだけど」
「わたしもそう思います」
「じゃあ止めろよ」
「えっと、」
「マジでもう猶予ない。あたしあんたを殴ると思う。このまま理由教えてくんないと」
「カナさん」
「なんであんた、あたしと居んの?」
ちま子はあたしに掴まれたままの腕を見下ろした。あたしはゆっくりと彼女の細い腕を離す。あたしのバカみたいな加減を知らない力のせいで痕が出来ている。ちま子はあたしの前に丁寧に座りなおして、カレーまみれのシャツのまま、なぜだかとっても優しくはにかんだ。



「カナさんが好きです。死ぬまで一緒にいたいです。わたし家でも学校でも居場所がなくて死にたかったんですけど、中学生の時。そのときカナさんに逢って、あの、カナさんは覚えてないかもしれないけど。わたしの腕のリストカットの痕みて、「あんたかわいそうだね」て言ったんです。これ」
ちま子はそこまで言うと、シャツをめくって手首をむき出した。目をそむけたくなるようなエグい線の数はどのくらいだろう。深くえぐりすぎて肉がめくれ上がっているところもある。今にでも血が滲みだしそうなほど生きた傷。あたしはそれを見て、「で?」と続きを促した。
「そのときわたしはすごくうれしくて、かわいそうって言ってもらえるの嬉しいなって思って、それで、カナさんのことストーカーしてたんです。カナさんが彼氏と付き合ったり別れたり、一晩だけの関係があったり、借金の返済相手から無理矢理犯されたりしてるの見てました。かわいそうって、わたし、カナさんのことかわいそうだなって思うんです。わたしと一緒です。カナさん、誰にも好かれてなくて、地獄みたいな人生で、はやく死にたいはずなのに、すごく堂々と生きてる。何が悪いのってかんじで。わたしそういうカナさんが好きなんです。もっともっと不幸になってかわいそうになって、わたしはカナさんのことかわいそうだなって思って、カナさんもわたしのことかわいそうって思ってて、それで、いつか結婚できたらなって」
「………結婚はできないけど。日本じゃ」
「……え? そ、そうなんですか?」
「いやつっこむところは、他にもある気がするけど」
「はい」

ちま子はあたしをずっと見つめている。まるで恋する乙女のように。なにも罪悪感のない、背徳もない、ただ純粋なる愛のまなこで。うわあこんな目で見られたの久しぶりだな、ていうかはじめてかもしれないな、と思いながら、あたしは指を伸ばしてちま子のくちびるをつまんだ。うすくてつまんなそうなくちびる。あたしのこと好きなんだってこの女。めっちゃウケる。とりあえずキスでもしてみるか、てなかんじで、あたしはちま子にキスをしてみたのだった。カレーくさいキス。なんならちま子もあたしもいろんな意味で臭い。くっつけただけみたいなどうしようもないキスはいっしゅんで、ちま子はどうしたらいいのかわからないみたいでじっとしていた。

「……不味い」
「あの、カナさん…」
「あたしキス好きじゃないしやめればよかった」
「わたしかわいそうですか?」

ちま子。
バカでノロマなちま子。
ダサくて痩せぎすでかわいくないちま子。
カレーまみれのシャツを着たちま子。
ホームレスのゲロ以下な女を好きになったちま子。



「うん。かわいそう」
「カナさん大好き……」


ああどうなんだろうこれ、と思いながら、あたしはちま子に抱きしめられた。まるで経験したことのないような感情が胸にせりあげる。やわらかい、あれ、やわらかいってこんなかんじか。ちま子おまえも、女なんだねえ。ていうかあんたのカレーがついたじゃん服に。いやあたしがやったんだけど。あーあ、なんてあたしってかわいそう。

やってらんねえよ




チクショウ。

人間生まれてきたからには出会いもあれば別れもあるもので、しかもそれがお互いにまだ若い命を爛々と燃やしている最中でも当然あるわけで、まあつまりは大学を出て4年付き合っていた恋人(元ノンケ・保険会社勤務・183センチ・坊主スポーツマン・あとめちゃくちゃ好みの顔)に「もうお前といるのしんどい」とかクソみたいなセリフを皮切りに恨みつらみをぶちまけられて俺はなんの心の準備もないまま奈落の底に突き落とされたような気がしておもわず吐き気をもよおした。いやほんとなにもこんな大雪の日じゃなくたっていいじゃねえか。辛気臭い話は太陽の下でするもんだって死んだばーちゃんも言ってた。口の中にはさっきまで食っていたラーメン(とんこつしょうゆ味)がまだコッテリ残っている。吐き気をなんとか我慢しながらとにかくふるえる指で煙草を一本取り出したけれど指が震えて火がつけらんねえよ俺は。オメーのせいだよクソッタレ。

恋人は俺のなにが気に入らないかというとまずだらしないことだそうだ。確かに俺は無職でパチンコ狂いの風俗好きだ。ゲイの癖に性欲を満たすためなら男はもちろん女だって簡単に抱くし、パチンコで得た金はだいたいそういうことに消えた。たまに大金が手に入ると恋人に服やら時計やらを買い与えてやっていたのに、なんかそれも別に嬉しくなかったとか今更ンなこと言われて俺どーすりゃいいの? 死ねばいい? 死ねばいいんなら死んでやるよ、ナメんなよ、こちとら現役高校生だったころから死にたがりだ。ダテにエグいためらい傷だらけの左腕ぶら下げて夏も長袖で生きてねえんだよ。とりあえず震える煙草にようやく火が付いたので落ち着いて肺に煙をめいっぱい吸い込んだ。恋人はそんな俺を黙って見ていたが、しばらくするとまた口を開いた。

「だらしないのは我慢するつもりだった。金のことももはや別にかまわない。でもお前が毎日毎日狂ったように酒と煙草とときにはハッパを呑んでおかしくなるまで女や男と寝るのだけはどうしても耐えられなかった。耐えようと思ってこの4年やってきたがそれももう限界だ。お前はおかしい。神経がおかしい。頭がおかしい。精神がおかしい。お前は病気だ。」………つってーとなに? お前ずっと俺のこと患者さんだと思ってたってこと? いやそれは違うよ俺病院行ったって睡眠薬しかもらってねーし、ハッパだって用法容量まもってるし、つーか今まで性病も持ったことないからその点も大丈夫だし、えっなにがだめなわけ? わけわかんねーんだけど? こんな大雪のなか二人で傘さして帰る途中になんでそういう話するの? わけわかんねえどうすんだよ? つーかどうしてほしいの?

煙草の煙と白い息を同時に吐き出した俺が震えているのに気が付いて、恋人は「寒いな」なんて見当はずれなことを言ってくる。「お………俺にどうしてほしいの?」まあとりあえずやっとこの言葉が口から出ました。ていうか今はこれが限界です。俺のすこし前を歩いていた恋人は立ち止まって、なんともいえない笑い方をした。

お前のこと、好きだったよ。ほんとに好きだった。でも、もう会えない。

それっきり言うと恋人は振り返らずにスタスタと雪道を歩き始めた。遠ざかっていく黒い傘とそれに積る雪。残されたのはしんしんと静かに降る雪たちとオンボロのビニール傘とひとりぼっちの俺。アメスピ1箱(残り3本)と100円ライター、財布(全財産4230円)。こんなつれえことって……つれえことってあるかよ!? こんなに寒い日に俺はたったひとり。携帯も持ってないし、たとえ今からあいつの家まで走って行ったって、あいつが頑固で真の通った男だってのは俺が一番知ってる。今更「愛してる」なんて言えるわけもない。言えるわけもないのだ。なぜなら俺が俺という人間を愛していないからだ。自分を愛せない人間は他人も愛せず。誰が言ったんだっけ、とりあえず今突っ立っているこの場所が悪い。なぜなら場末のカラオケから「カモメが翔んだ日」とか聴こえてくるのだ。「かもめが翔んだ~、かもめが翔んだ~、あなたは~一人で生きられるのね~」なんてあああああああマッジでやめてくれ!!! 耳を塞ごうと両手をあげると、思わず傘と煙草を落としてしまう。雪が首筋の裏に落ちてきて寒くて寒くて死にうなので、俺は前かがみになった。そしてこみ上げた嫌悪感を停めることもできずにさっき食ったラーメンを真っ白い雪にぶちまける。「ヴォエエ、エエ……」チクショウ。なにもこんな雪の日に。むなしくってやりきれねえよ。





ふしあわせなやつら


タマは中学二年の春に、三年生の先輩にボコボコにされた。先輩がトイレで煙草を吸っているのを偶然目撃してしまったからだった。もちろんタマはそれをだれにも言うつもりはなかったし、殴られている間になんどもそのことを彼に伝えた。それなのに先輩はタマを殴ったり蹴ったりすることをやめなかった。その夜、ぼろぼろになって帰ったタマをみて母親は「気をつけなさいよ」と言った。タマは、こころの底から、「みんな死んでしまえ」とおもった。


次の日の朝、タマはいつもとおなじように電車を待っていた。いつもとおなじように朝ごはんを食べて、ばんそうこうだらけの顔で道を歩いてきた。今日は体育があるので体操服も持っていた。あんなことがあった翌日だ。また先輩に会えば殴られるかもしれない。タマのなかには呪いがびっちりと充満していて今にも爆発しそうなのに、いつもスイッチを押せなかった。夜のうちはだれだって殺せるようなおもいでいるくせに、朝が来るといつも怖気づくのだ。そういう毎日だった。
そのとき、タマの横にだれかが立った。そのだれかはタマの中学とおなじ制服を着ていた。タマはなんとなく見上げるのがこわくてうつむいていたが、だれかは平然とタマの苗字を呼んだ。タマがおそるおそる顔をあげると、そこにはミケがいた。ミケはタマの隣のクラスの男子で、おなじ小学校からあがってきた少年だった。ただミケは背が高くていつも怒っているような顔をしているし、左手の小指がなかった。第二関節から先が、かみちぎったようにないのだ。それは小学生のときからそうだった。臆病者のタマは、そんなミケと話したことがほとんどない。普段から異様な雰囲気の彼と話すなんて、よほど酔狂なやつか、わりと端正な顔に惹かれた頭の軽い女子だけだった。しかしミケはタマの名前を確実に呼んだのだった。
「……おい。きこえてんだろ」
「………な、なに」
「どーしたその顔」
「……べつに…」
タマはおどおどと答えた。先輩に殴られたんだよと言えばバカにされそうな気がしたからだ。ミケはそれきり黙ってしまったが、タマはこの沈黙がくるしくて歯を食いしばっていた。言わなくたってわかったかもしれない。暴力的なあの先輩がタマをボコボコにする場面なんて、誰が見ていても不思議じゃない。ミケはなにもかもわかっていて聞いたのかもしれない。そしてもうすでに、そんなタマのことを心からバカにしているのかもしれない。タマは突然腹が立ってきた。「ちくしょう、ぼくが怪獣ならお前なんかすぐに踏みつぶせるのに」タマはそんなことを思いながらもうつむいて、自分の汚れたスニーカーの先っぽを眺めていた。

そのとき、電車が来た。それはタマやミケの中学とはちがう方向に行く電車だった。タマはまだ自分のシューズをみていたが、そのときふとミケの気配がゆらいだのを確かに感じた。それと同時にタマの視界もぐらっとよろめいて、タマは「あっ」と声をあげた。タマはミケに引っ張られるがままに、その電車に飛び乗ってしまったのだった。


あまりに突然のことで、タマはすぐにその状況を理解できなかった。当のミケはタマのことをすぐに離してしまって、動く電車のなかをよたよたと歩き窓側にへばりついている。タマはすぐにミケに声をかけた。
「なんで?」
「なんでだろ」
「ぼ、ぼく。学校に行かなくちゃいけないんだよ」
「おれも」
「この電車は違う方向なんだよ。帰らなきゃ」
「どうやって?」
「それは………、」
タマは、いつも家と学校の往復しかしてこなかった。だからこの電車に乗ったことはなかったし、この電車を降りてどういうふうにゆけば元の駅に戻れるのかもわからなかった。「ひきかえすんだから、逆方向の電車に乗ればいいはず。でもまた違う電車に乗っちゃったらどうしよう? 今度こそ帰れないかもしれない」そんなことを考えて、タマはだんだん真っ青になった。
「どうやって……どうやって帰るんだよ。どうするんだ」
「別にいいじゃん。帰らなきゃいい」
「そんなことしたら怒られるよ!」
「帰らなきゃ怒られない」
「そ、そんなこと」
「学校には具合が悪くなったから遅刻するって連絡すればいい」
「そんなの。うそだ」
「だからなんだよ」
ミケはそう言うと、すん、と鼻をすすった。そのときタマはようやく、ミケの制服が泥だらけなことに気が付いたのだった。黒い学ランに乾いた泥がたくさんへばりついていて、まるでくしゃくしゃにしたかのように皺がたくさんある。ミケがずっとポケットに突っこんでいる左手のことを考えて、言い返そうとしていたタマは口をつぐんだ。ミケは窓の外を眺めているまま、右手で吊革をつかむ。
「……なんか。もうどうでもよくなった。いろいろ。なんでおればっか不幸なんだろうとかそんなこと考えててもしょうがないし。そしたら遠くに行きたくなった。この電車に乗りたくなった」
ミケは、窓の外の流れる景色をみながら淡々と言った。タマはそんなミケの横に立ってしずかに彼を見上げていたが、だんだん、自分のなかの怒りや焦りがすーっと煙のように消えていくのを感じていた。
タマはほんとうのことを言わないかわりに、うそもほとんどついたことがなかったのだ。ちいさいころに聞いた狼少年のお話のように、いつしかみんなから愛想をつかされるのがこわかった。それでもタマはいま頭の中で、いかにうまく学校に連絡をとるかということをかんがえていた。ミケはそのぼんやりとした言葉をつづけた。タマはなんとなく気が付いていたのだ。自分は愛想をつかされるような人間ではないこと。愛想をつかすほど自分に興味のある人間なんてどこにもいないこと。ミケはようやくタマを振り返った。

「お前はちがうと思うけど、おれはお前のこと好きだよ。けっこう。だっておれたち、いつだって不幸せなやつらだ」







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