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かけおちる夢のなかバラの花畑



その場所に降りたとき、わたしは自分が靴を失くしたことに気が付きました。いつの間にか裸足だったのです。わたしはとてもびっくりして、でもきっと失くしたのは電車のなかだと思いました。横には恋人がいて、わたしたちは駆け落ちをしているのでした。

このまま裸足で居ると、恋人に嫌われてしまう。とわたしは思いました。そこでわたしは恋人の傍をそっと離れて、知らないお家の知らない人の靴を盗んで履きました。黒いハイヒールでした。それはまるでわたしのためにあったような靴で、わたしに履かれたことを喜んでいるような気配がしました。わたしは悪いことをしているつもりなんかこれっぽっちもなくて、ただその事実だけを胸に抱きしめて恋人のもとへ向かいました。ふたりでどこまでもどこまでも行こうと思いました。


ところが、その靴はこの国のいちばん偉い女の人の靴でした。その女の人の一番お気に入りだったらしいのです。そんなことは知らなかったんですなんて言っても、通用しないくらいに、女の人は怒っていました。わたしはその黒いハイヒールをカツカツ鳴らしながら国中を逃げ回りました。恋人はいつの間にかいなくなっていたのでした。


もう逃げ場はないんだなあと思ったのは、川のふちまできたときでした。いろんな恰好をしていろんな武器をもった殺し屋がたくさんわたしを追ってきていて、ありとあらゆる残忍なことをしようと鬼の形相で取り囲んでくるのです。雑草に埋もれて眠れない夜を過ごすのも、なにもしらない太陽が昇るのが恨めしくてくちびるの皮を噛み切ってしまうのももうたくさんでした。わたしはとても疲れていました。もう靴なんていらないから、解放してほしいと思いました。でもそんな言い訳はとても通用しませんでした。この国でいちばん偉い女の人はただただわたしの死を望んでいました。殺し屋たちも、国中のにんげんも、きっと恋人も、そうでした。わたしも、そうでした。わたしは死にたいと思いました。


そのときひとりの女がわたしの前に現れました。SMプレイで女王様が着るみたいな、ボンテージというのでしょうか、そういう身体にぴったりとくっついたような服を着て、高い高いヒールのブーツを履いた女でした。彼女は殺し屋でした。わたしを殺すために、あの女の人に雇われたのです。わたしは、女に言いました。

「わたしを殺してくれるんですか」

女はうなずきました。黒いロングのストレートヘアがさざなみのように揺れていました。わたしはとてもほっとして、なみだがでました。この女がわたしを殺してくれるんなら、本望のような気がしました。わたしはハイヒールを脱いで、川に投げ捨てました。そうして女に「なるべく苦しまないように、殺してくれませんか」と頼みました。女はうつくしい無表情で「いいよ」と答えましたん。わたしは女に近寄って、「それから、最期のおねがいをしてもいいですか」と尋ねました。

「わたしとお散歩をしてくれませんか」

女はまた同じように「いいよ」と答えました。



女と連れ添って、わたしは歩きました。どこへ行くのかもわからないまま、あてのないまま、歩きました。女はなにも言わずにわたしの傍をかたときも離れずについてきてくれました。ときおり、ほかの殺し屋がわたしを狙ってピストルを撃ったり車で跳ね飛ばそうとしたりしてきましたが、女はそのたびにわたしを守ってくれました。わたしはずっと怖かったのですが、女はただただ「この少女を殺すのは私」というように、依頼された任務をただまっとうしているようでした。


逃げ回って、逃げ回って、盗んだ車に乗ってどこまでも行って、ロケットランチャーが車を壊しても、わたしたちは止まりませんでした。黒いサングラスとスーツを身に着けたたくさんの男たちがわたしたちに殺意を向けてきても、女はまったく怯みませんでした。強く、美しい女が立ち回る姿を、わたしはドキドキしながら見ていました。

そのうち私と女は、ついに追いつめられてしまって、崖の下に転がり落ちました。身体中が痛んで、脳が揺れています。むきだしの足は黒く汚れて血まみれで、わたしはもうぼろぼろでした。もうこのまま眠ってしまおうかと思ったのですが、ふとまばたきをすると、真っ赤な景色が目に飛び込んできたのです。


そこはバラの花畑でした。棘のない可憐なバラたちが、たくさんたくさん咲いていました。わたしを庇うように覆いかぶさっていた女を見上げて、わたしは言いました。

「わたし、ここで死にたいです。ここで殺してください」

女はあたりを見渡して、バラの花を見つめていました。その横顔はまるで澄みきった水のようにとうめいで、やわらかで、わたしは彼女のことをとても愛おしいと思いました。そしてその横顔に見とれながらぼんやりと、自分が恋人と駆け落ちをしている途中だったことを思い出していました。

それは永遠のような一瞬でした。女は振り返って「いいよ」と答えました。そしてわたしにピストルの銃口をむけました。わたしは心の底から安心して、バラの花畑に寝ころんで目を閉じたのです。







目が覚めるとそこはベッドの上で、それが夢だったことに気が付くまでに時間がすこしかかりました。テレビをつけると国民的アニメの主人公が巨大な悪のボスと戦っていました。わたしはベッドにうずくまって、「正夢になったらいいなあ」なんて思っていたのでした。おしまい。





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