ユニセックス・アイデンティティ
「興味がないとか?」
「そうゆったらウソになるかもしんないけどね」
「えーと?」
「つまり、僕はユニセックスになりたいんだよ」
ふんわりとボリュームのあるマッシュカットを気にしながら彼は言った。そうだろうとは思っていたので、「なるほど」と感心する。
そうすれば彼はちょっと驚いたように「変だと思わないの?」と目を見開いたので、「べつに、というか、かっこいいですね」とだけ答えた。
そしたら彼は笑って、缶コーヒーをぐいとあおる。わたしたちは寒い部屋に取り残されていた。誰もいなくて、二人で突っ立っているのも妙に忍びない。どちらからともなく始めた話は、そうして沈黙を挟み、また再開される。
「恋愛って支障だよ。嫉妬、憎悪、嫌悪、優越、束縛、独占・・・嫌なことばっかり。メリットがない」
「たとえば性欲は?」
「それは僕、あんまりない」
「愛されたい実感」
「ない。ってゆうか、愛されたくない、あまり。僕は僕で生きるから、その人もその人で生きてほしい」
今度はわたしが、缶に入ったお茶を飲む番だった。妙に治りが遅い風邪が、喉の痛みと偏頭痛を増長させている。癖のようにしてこめかみを揉んでいると、「また偏頭痛?」と笑われた。
「彼女ができたことはあるんですか」
「あるよ。でも、大したもんじゃなかった。楽しくなかったし、ただの友達だったと思うね、あれは」
そこまで話したところで、彼は急にああそうだと大声をあげた。前髪をそっと横に流して、わたしの少し向こうを見ながら言う。
「僕、友達にキスするんだよね。酔ったりしたら。女友達が多いんだ、そんで、そういう子たちにキスしたりスキンシップしたりする」
「スキンシップ?触るんですか」
「うん、クラブとかに言ったら腰に手を回したり、そんで酔ったらキスをして、」
「それって、うわあ」
思わず声に出してしまった。そうしたら彼は声をあげて笑って、「だって僕にとっては普通だもん。挨拶みたいなもんなんだ」とわたしを見つめた。
わたしは元来そういう事をしたことがないし、恋愛に興味があまりない自分としても、キスやセックスはただの性欲の具体化だと捉えていた。だからこそ、彼の考えに非難の声が出る。
「僕は男が嫌いなんだよ。馬鹿だし、うざいし。その分女の子は大人で、おもしろいから好き。もちろん友達としてね」
「男の友達はいるんですか」
「いるよ。いるけど・・・ひとりかふたり」
「その人たちにもキスを?」
「うん」
彼の外見はまるで女性のようだった。髪形や体型も呷って、なんとなくそちらの人間のような気はしていたのだ。仕草も滑らかだし、喋り方には男性らしさがない。彼はわたしの視線からその思いをくみ取ったようで、「ゲイってわけじゃないけど、両方いけるよ」となんともなしに言った。
「はあ、そうなんですか」
「・・・それだけ?」
「え?」
「引かないの」
「引きません。けど、彼女じゃないひとに恋愛感無しのキスをしているほうに引きました」
「ははっ!」
彼は体を折り曲げ、手を叩きながらおかしそうに笑い転げた。
「だって、挨拶なんだってば! 僕は日本人だけど日本が嫌いで、アメリカに憧れてるんだ。それでなのかもしれない。日本人って思ったことはっきり言わないじゃない、アイデンティティが確立してないっていうか。そういうの嫌いなんだ。言いたいことははっきり言いたいし、自己表現もしたい」
「うーん、そんな感じはしますね。日本ぽくないです、あなた」
彼の奇抜なファッションを思い浮かべて、素直に感想を口にした。前々から思っていた事だ。このひとは、なんとなく、日本人らしさが欠落している部分がある。(ただ、ひとつ言えば、アメリカカルチャーに憧れている部分は、非常に日本人くさい。)
「ね、君は?」
「え?」
「君は恋愛、すき?」
「いいえ、べつに」
「そうだと思った。なんかさばさばしてるもん。へたれだけど」
「いや、へたれは余計ですよね」
「だってドジだし!」
唇の端に生意気な笑みを含ませて、彼がわたしを見下ろす。傷や染みがひとつもない美しい肌は、まるで本当の女性のようだった。そうかといって、胸につっかえたままの不満をそのままにしておくわけにもいかないので、指で軽く缶を凹ませながら訴える。
「わたしのこと嫌いなんですか?」
「ううん、好きだよ。今度一緒に飲もうね」
彼は悪戯っぽく笑って、その綺麗なユニセックスの顔をぐいと近付けてきた。反射的に背中をのけぞらせてしまったわたしを見て「あーおもしろい!」と笑う。
「あとさ、いい加減敬語やめない?むずがゆい」
「まあ、おいおい」
「この間もそれゆってた!」
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