submarine
わたしは彼女の日に焼けた手足がすきだった。手は細くておおきい。ぎゅっと握っているときの関節のあたりは、まるで砂浜の小石のようにうつくしかった。足はながくて、無防備にさらされたふくらはぎは少したくましくて、ひざのあたりに小さなピンク色の傷がある。ななめ後ろの席から見える彼女の身体は、あたまのてっぺんから爪先まで、生命がぎっしりと詰まっているように健康的だった。ただ見つめているだけでよかったはずなのに、その甘ったるい感情はいつの間にかほんとうの恋になっていた。わたしは彼女がすきだった。
女の子が女の子をすきになるということは、まちがっていることだった。わたしはそう教えられてきた。だから誰にも言えなかった。もちろん彼女にも言えなかった。どうせ恋人同士になどなれやしないのだから、いちばんの友達であろうとした。
はるか、とわたしを呼ぶ声がみずみずしい。夏の夕方は気が遠くなりそうなほどさびしくて、日の落ちた青白い廊下は、彼女の声にしんと静まり返った。はるか、帰ろう。彼女はそう言って、スカートをひるがえした。わたしは彼女に追いつくために廊下を走ってゆく。距離はすぐに縮まって、彼女の四肢からはほんのすこし汗のかおりがした。かかとを踏みつぶした上履きはうす汚れている。わたしはそれすらもうつくしいとおもった。彼女が彼女であるために、雑に見えるほど短く切りそろえられたショートカットや、無防備な足の先は大事なものだった。
わたしは彼女の足をみつめていることに気が付いたのか、彼女はくちびるをとがらせながらわたしに呟く。
「はるかは、足が小さくっていいね」
「……そうかな、ふつうよ」
「ううん。はるかはなんもかんも小さくっていい。あたしたまにかなしくなるよ、自分の女の子っぽくないとことかさ」
彼女はたまにこんなことを言う。彼女は彼女だからこそうつくしいのに。彼女がどれほど尊く清いいきものなのか、わたしなら夜まで語ることができるのに。でもこういうとき「ともだち」ならなんと言うか、わたしは知ってしまっているのだった。
「あなたはちゃんと女の子よ。だってとってもすてきだもん」
「もう、はるか。いつもありがと、そんなこと言ってくれて」
「ほんとうのことよ」
「うん」
彼女は目をそらしてうなずいたけれど、きっとなにもわかっていない。わたしの心のなかにある、夜よりも濃い闇色の感情を。今ここで彼女の手をにぎって、「かなしくなんてならないで」と言えたなら。「あなたは誰よりもうつくしい」と言えたなら。でも、できない。
「はるか……、」
「なぁに?」
「わたし、はるかになれたらいいのに。はるかになってみたいな」
彼女は言った。その横顔はひどくせつなくて、触れれば今すぐにでも壊れてしまいそうなガラスの心細さに似ていた。そのときわたしははっきりと、彼女のことをさらってしまいたいとおもった。
彼女をさらって、どこか遠くの国にでも行って、ふたりきりで暮らしたい。このピンと張りつめてやぶれそうなほどやわらかな肌が、しわくちゃで色あせて紙切れのようになっても。わたしは彼女をうつくしいとおもうだろう。心からうつくしいとおもうだろう。わたしの愛はほんものだ。
「あさみ」
わたしは彼女の名前を言った。その響きはやさしくて、まるで喉が火傷したかのように熱くなった。まぶたの裏がわからみるみるうちに涙があふれてこぼれそうになっても、わたしは彼女を見つめていた。視界はとろとろと融解していって、彼女がいまどんな顔をしているのかわからない。でもきっとうつくしいんだろう。わたしは愛に満ちている。こんなにも満ちているのに、この感情をことばにできない。ことばにしてしまったら、なにもかも失ってしまう。
わたしは海の底でしずむ潜水艦だ。もううまく息もできない。あさみがすきだった。とてもとても、すきだった。
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