おちる
キョーヘイには癖がみっつ、あった。ひとつは、煙草を吸うときにフィルターをがじがじと噛むこと。もうひとつは、人の話を訊いていなかった時は「せやね」と言って誤魔化すこと。最後のひとつは、俺の事をなれなれしく、「ミィくん」と呼ぶことだ。キョーヘイはひとのことを猫のように呼ぶけれど、本当に猫みたいなのはキョーヘイのほうだ。ふらっとハッテン場に現れては、見知らぬ男に寄りそったりして、そいつを骨抜きにするために、長く細い指できりりと顎をひっかいてやっている。ゲイには割りきったやつとそうでないやつがいるけれど、キョーヘイはおそらく、結婚しているのだろう。割りきったやつだ。薬指に指輪はないけれど、家庭を持って、もしかしたら子供もいて、休みの日には家族サービスをして、結婚記念日には奥さんに花束を贈ったり、しているのだろう。ふつうのこと。キョーヘイは今年40歳になったというけれど、たぶんほんとうは、もっとオジサンだとおもう。俺は今年、18歳になった。俺は、割り切れないやつで、どうしても男じゃなきゃむりだった。セックスも恋も、相手は男じゃないといやだ。女はうるさいし、ばからしいし、なにより、人の事をおもちゃみたいに扱う。吐き気がした。俺が高校生だってことは、ハッテン場の連中はみんな知っていたけれど、あえてなんにも言うことはなかった。なんにせよ、みんな、飢えているんだ。俺も、キョーヘイも。ある夜も、いつものようにベンチに座って煙草を吸っていると、キョーヘイがすとんと横に座った。おたがい、相手待ちだ。とりたてて言うこともないので、フィルターを噛むキョーヘイを見ないようにして、煙草の煙を吐く。しろいしろい煙は、キョーヘイとは逆方向に吐いたのに、急に流れを変えた風が白々しく、キョーヘイに煙をプレゼントしてしまった。キョーヘイがかすれた声で笑う。不健康そうなまぶたがまったりと瞬きをしている様を見つめてしまっているのに気が付いて、はっとした。「ミィくん、誰待ってんの?」「…カズさん」「ああ。カズさんね。知らんわ」知らないのかよ。「ミィくん、今年いくつになったんや?」「18」「ああ、18。高校生やねえ」知ってるくせに。「ミィくん、彼氏、作らへんの?」「作らない」「なんで?」「めんどうじゃん」「せやろか」「キョーヘイは、」ちびた煙草を地面に投げて、ハイカットシューズでもみ消しながら、振り返る。「キョーヘイは、奥さんに怒られないの?」「…ん?」しらばっくれた声は、鼻にかかっていて、不愉快だった。舌打ちがもれてしまったから、もう何もごまかさないでいよう。キョーヘイのばさばさの白髪は、美容院でちゃんと染めてもらっているだなんて言っていたけど、ほんとうはどうだかしらない。もういい加減、年寄りなのだから、もしかしたらぜんぶ、もとからなのかも。キョーヘイは俺のほうを見ないでいたのに、急にちらりと、目線だけこっちに寄こした。「ミィくん、誰待ってんの?」「……、誰も、待ってない」「そう、ほんなら、一緒にいこか」キョーヘイが立ちあがる。「…今、気が付いたけど、俺と同じ煙草吸ってるね」「…せやね」ああぜったい、今の訊いてなかっただろ、キョーヘイ。その言葉をぐっと呑みこんで、骨ばった細い指たちに自分のそれを絡める。つめたくて、ひんやりしていた。「ミィくん、人と話すとき、眼ェじっと見つめてくるやろ?」「…そーだっけ」「それな、ぞくぞくすんねん」キョーヘイの指先が、ぱらぱらと崩れて落ちて、俺のほっぺたに触れた。
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