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くだらない朝に夢の痕




「ああこれは夢だなって思う夢って、あるだろ」
「ええ、まあ」
「昨日それを見たんだ」

新学期が始まって、僕らはまた途方もない学校生活を続ける事となった。
今日はその初日で、長たらしい校長の話や久しぶりの掃除を済ませて帰ってきたところ。
時間の余る放課後はよくこうやって、僕の部屋にシバさんが訪れる。
母さんが買い置きしてあるインスタントのものを適当に沸かして入れてあげたコーヒーを、
長いデザート用のスプーンでかき混ぜながらシバさんは薄く笑っていた。
真っ黒いコーヒーの中で渦巻くのは、市販のミルクと角砂糖二個。
甘ったるさの象徴であるそれらを綺麗に溶かせるように熱いお湯を注いである。
僕は一方、ミルクだけを混ぜた簡素なコーヒー。
ずず、と音をたててそれを啜りながら、続けて出てくる彼の言葉を待った。

「ナオの部屋に居るんだよ、私。この部屋じゃなくて、見たことも無いような白い部屋。でもそれはナオの部屋だなって私は思うんだ。それなのにナオは居ないの。私はそれも不思議に思わなくって、ただぼうっと、こうやって座ってた。コーヒーは無かったけど。しばらくそうしてたら、窓の方から夜がやってくるんだ。それで私は気付く。あ、これ夢だなって」

もう溶けているはずのミルクと砂糖を探しているかのように、シバさんはスプーンを回し続ける。
僕は、黙ったままコーヒーを飲もうとカップを口に当てたけれど、ふいに思い立ってシバさんに訊ねた。

「どうしてそんな所で夢だと気づくんです。あなたはそれを不思議に思わなかったんでしょう?」
「だって、夜がやってくるって、変じゃないか」
「ええ?」
「夜がやってくるって思わないだろ普通」

かちゃかちゃと、カップに擦れたスプーンが鳴いている。僕は眉を寄せた。
そんな僕の様子を見て、シバさんは少し声を出して笑った。スプーンが停止する。
よく解からない風に理論を綴っている癖に、シバさんは僕に理解を求めてやしないのだ。
そうして、何も無かったかのようにまたスプーンが動き出す。シバさんは続けた。

「夢だって気付いてからは、私、なんだかテンションがあがっちゃってさ。ああ夢なら何でも好きな事できるな、どうしよう、何しよう・・・色々考えたけど、空を飛ぶ事にした。だってたぶんこれが一番セオリーだし、楽しいだろうし、現実じゃ体験なんかできないだろ」

そこで言葉を切ってから、シバさんは僕の表情を盗み見てきた。コーヒーを飲み込んでいた僕は、曖昧に頷く。
揺れた喉が熱いコーヒーをなんとか胃へ押し込んだ所で、シバさんは口を再び開いた。

「でも飛ばなかった」
「・・・なぜです」
「夜が来てるからさ」
「え、」
「窓に夜が来てるなら、空は飛べない」

また、わけのわからない話を。僕は小さく小さくため息をついて、カップをソーサーへ戻した。
未だかき混ぜられ続けているコーヒーは、ミルクも砂糖も溶かし切って、もうきっと冷め始めている。
飲まないのかな、と思いながらそのスプーンを視線に捕らえていると、シバさんは動きを停めた。

「夢だって解かってるのに、夜が怖くて私は飛べなかった」
「シバさん、コーヒーが冷めますよ」
「不思議だろ? そこで私は目が覚める。枕の上で考えていて、はっとした」
「飲まないんですか? せっかく入れたのに」
「夜が怖いんじゃなくて、朝が来るのが怖いんだって」

ことごとく無視され続ける言葉たちを、お互いに投げ続けた。会話にならない会話が空間を乾かす。
スプーンがカップから取り出されて、ソーサーに置かれる。ああ、やっと飲むのか。
僕が安心した息を吐くと、シバさんはまた小さな声で笑って、カップの取っ手に指を絡めた。
細い喉が動き、あおられたカップの中のコーヒーが胃に収められていく光景が目の前にある。
すべてを飲み切ってから、シバさんは掠れた声で言った。

「だって朝がくれば、お前に逢えないじゃないか」



夢の中のシバさんが笑う。力なくほんのりと、笑う。







(過去作 再編)
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