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依存症



酷く寒い風が耳元を吹き抜けて、キリのマフラーが揺れた。キリはそんなことにも気が付かないみたいに、ずっと道路を眺めている。道路を行き交う車は、白、 黒、赤、緑、青、ベージュ。アスファルト色の下地が無機質に存在し、それが一種のキャンバスにも見える。ポケットに入れた携帯が震え、昔流行った洋楽が滲 んで聴こえた。あーあ。私はもう一度呟く。あーあ。キリは気が付いたみたいだった。「なに?」「・・・ゆう」「は?」「ゆう」「ああ、ゆうからメール?」 ゆうはこの時代のために生まれてきた男だった。携帯がなければ生きていけない男なのだ。そんな男と付き合ってしまった私はなんだろう。何のためにこの時代 を選んだのだろうか。「返さねえの」私が携帯を開くどころかポケットから出そうともしないのを見かねたのか、キリは訪ねてきた。興味のなさそうな声だっ た。たぶん、ないと思う。「返さない」「なんで」珍しくキリがしつこいので、私はまた、あーあ。と言った。キリは煙草の所為で鮮度を無くした声を使ってか らからと笑った。何がおかしいのかは、わからなかった。でも訊かない。視線を落とせば、それなりに短い制服のスカートの下でふとももが鳥肌を立てていた。 背中を預けたコンクリートの壁からは、分厚いコートのお陰で何にも伝わってこない。キリの携帯が鳴いた。聴いたことのある曲だった。キリはこんな曲好き だったかなあと思いながら顔を傾けると、キリは八重歯で舌を軽く噛みながら携帯をスライドさせた。携帯も、新しくなっていた。「スライドは、画面に傷が入 るからイヤって言ってたのに」となんとなしに愚痴ると、キリはふふんと鼻で笑った。「イヤだよ」「・・・意味わかんない」「ヤだけど仕方ねえ」その割に は、別段嫌そうでもないように見えた。今度は私の携帯が震えた。またあの洋楽だった事が可笑しかったのか、キリは一瞬体を曲げて笑った。一瞬、そのマフ ラーの下から、白くごつい喉仏が顔を覗かせる。キリは携帯のボタンを押しながら鼻をすすって、ちょっと唇を噛んだ。私はキリを見ながら、「新しい彼女でき たの?」と囁いてみた。キリは真っ黒の瞳で携帯のディスプレイを眺めたまま、「ん」と言った。だから私は、ちょっとうなじを垂れて低く笑う。そして、携帯 依存症のゆうと、彼女依存症のキリは、いったいどっちがマシなのだろうと考えながら、うるさいアスファルトのキャンバスを黙視した。隣にいるはずのキリ が、遠くにいるゆうよりずっとずっと遥か向こうに居るのだと知って、頭の中がぐちゃぐちゃになっているみたいだ。たぶん私、キリの彼女より、キリのこと好 きだよ。そうやって言おうと唇を開いても、冬が乾燥させたそれはうまく開くこともなくもごついただけだった。そんな私は、キリ依存症で、たぶん三人の中で 一番最悪なのだろうと思った。三回目の洋楽が鳴った時、キリは携帯をスライドさせながら、「早く別れろよ」とどうでも良い事を言うみたいに言った。それだ けでもう十分だった。この時代を選んだ意味を見つけた私は唾を飲み込んで、あーあ。と嘆いた。




過去作(09/11/23)


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