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アンダーラインの恋



有馬記念でゴールドシップが負けたので、今日はもうヤメにした。池澤が万馬券を手にしたら、叙々苑に連れて行ってくれるという約束だったのだ。真っ赤なセーターを着た池澤はフンと鼻を鳴らして、「今年の運はあのとき使い果たしてやがったか」と毒を吐く。床にしゃがみこんだままの鹿取は、泣きはらしたまんまる目玉を真っ赤に充血させながら「ごめんなさい」と繰り返していた。あたしはそんなふたりの間に座って、スーパーで売れ残っていたクリスマスケーキなんかを食べている。
どうせ鹿取の予感なんてムラがあって当たるかどうかいつも五分五分だし、先月のパチンコでの大当たりはよっぽどツイてる台に座っただけだ。ただ、それだけ。現実っていうものはいつも当たりとハズレが混在している。

「池澤ごめんね、なんかね、俺、もうだめみたい」
「あーもういいから、次当ててくれ。年末ジャンボ」
「アンタ、もう鹿取に頼るのやめなよ」
「ばっかやろ、てめ、諦めたらそこで試合終了だろ!!」

池澤は格好の良いことをいいながら勢いよくあたしにむかって中指をたてる。池澤はいつだって自分で勝負をしない。いい加減この意味のわからないテンションも疲れてきた。こんなに理不尽なことを言われているのに怒りもしないで、鹿取はまだスンスンと鼻をすすっている。
なぜだか鹿取はいつも池澤に弱い。ふたりは幼馴染だっていうけれど、むかしからこんな力関係だったんだろうか。だとしたら鹿取ってすっごく生き下手。こんなめんどくさい男、ギャンブルにハマりまくってる男、真っ赤なセーターで叙々苑に行こうとしてる男とはさっさと縁を切ったほうがよかったのだ。

でもあたしは昨日、この部屋で池澤とヤッた。深夜3時のスタート。忘年会という名目であつまったヒマな大学生のあたしたちは、鹿取の家でビールとチューハイをしこたま飲んでいた。
そう、まずは酒の勢いだったし、なんならコタツのむこうで鹿取が爆睡していたというのに、あたしたちはあっさり性欲に負けた。そもそもあたしはセックスなんて3年ぶりぐらいだったのに、池澤は指の突っ込み方がとにかく雑だった。きもちいいなんて感覚はとうになくなって、もはや泣きわめきたい気分だった。しかも床の隅でコソコソしていたので今でも背中がメチャクチャ痛い。外が白んできたころにあたしたちはようやく我に返ったけれど、一発出して落ち着いた池澤は「あした一限だから」とかそんなことを言いながらそそくさと帰っていった。
爆睡する鹿取と部屋に残されたあたしは、呆然としていた。やらかしてしまった。池澤なんてどーでもよかったのに。なんでヤッちゃったんだろう、数時間前の自分がほんとに信じられない。
そのあとあたしはトイレに行って、パンツに血がついているのをみつけてますます死にたくなった。クソ池澤、女の子は繊細なんだよチクショウめ、だなんて呪いの言葉を思い浮かべて用を足し、そのあと鹿取の横でふつうに寝た。鹿取は昼まで起きなかった。ああ、まだアソコが痛い。

池澤が万馬券を当てて叙々苑に連れて行ってくれてたら許すつもりだったけど、やっぱり無理だった。あまったるいケーキも飽きてきている。あたしはフォークを投げ出すと静かに立ち上がって、ダウンジャケットとマフラーを身に着けた。

「え、帰んのお前?」
「ごめんね、ユラちゃん、怒ってるの?」

みじめったらしくすがりついてきた鹿取を冷静に見下ろす。鹿取のキンキラに染めた金髪は、もう根本が黒くなっていた。そもそものはなし。あたしは鹿取のことが好きで、それなのになんで池澤と寝てしまったのか。ヤリマンごっこなんて向いてない。アソコも背中も心も痛いしとにかく今すぐ死にたいのだ。鹿取はいつになったって池澤のことばっかりで、叙々苑より池澤を片せてあげられなかったことがかなしくて泣いている。

あたしは鹿取に何度も言い聞かせてやったのに。池澤はあんたが思うほどあんたのことを愛してないって、あんたが池澤のすべてが欲しくたって、池澤はあんたのなんにも欲しくはないんだって。ああバカみたい。あんたバカみたいなのよって、何度も何度も言ってやった。それなのに鹿取はいつもみたいに情けなく笑って、「でも池澤は俺を信じてくれるから」って。池澤が言う「信じる」とか「わかってる」とか「焼肉おごってやる」は、この世で一番根拠のない言葉だっていうのに何度言ったって伝わらない。あたしの「好き」は一度だって受け入れてくれないくせに、鹿取は池澤の言葉ばっかりをまるごと受け入れてパンク寸前なのだ。

ああもう、しあわせってなんだ?


立ち上がったあたしに、池澤がなにか言いたげに眉をひそめる。
あたしは勢いよく彼に中指をたててみせた。




玄関の脱ぎ散らかしたくつのなかに、池澤のエメラルドグリーンのハイカットシューズを見つける。ヒールの底で思いっきり踏みつけて、鹿取のコンバースをきれいに揃えてあげてからドアを開けた。つめたい夜の空気が耳のすぐそばを通り抜けてゆく。

ああまったく昨日のことはぜんぶ水に流してくれないかな神様仏様。なかったことにしてちょうだいよ。だってあんな獣みたいなセックス。まっくらな中でおたがい手さぐりな乱暴でくだらないセックスなんて。いや種族繁栄という点においては獣のほうがずうっとマシか。とかなんとかいいながら、あたしは明日もこの部屋に来るんだろう。鹿取の情けなくって愛しい笑顔をみるために。ご主人様に夢中な馬の耳の横で必死に念仏を唱えるために。


有馬記念の実況が脳でリフレインする。

―――ジェンティルドンナ、ゴールドシップ、ジェンティルドンナ、ジャスタウェイ、ジェンティルドンナ、ジェンティルドンナ!最後を飾りました!なんという牝馬!!―――


ああもしあたしが才能のある牝馬だったなら、あんたの子孫を最高のヒーローにさせてあげられるのに。ジェンティルドンナ、あんたみたいな品格のある女にはわからないでしょうけれど、人間の底辺の女っていうのもなかなか苦労があるもんなのよ。えらそうなことを想いながら駅までの歩く道、やっぱり背中とアソコが痛いまんまである。





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