ギニーピッグ
※ グロ注意
吐いた白い煙が充満する、コンクリートばかりのゲロ臭い部屋で、スナッフフィルムをぼんやりと見ていた。画面の向こうにいる端正顔付きの女が、真っ白な四肢を曝して横たわっている。ギラギラと光るナイフが、女の体に赤い線をすうと引いていく様にすっかり飽きて、最初に覚えた恐怖と僅かな興奮を忘れながら、じっと煙草を呑んだ。横ではすっかり酒に溺れた柏崎が、横たわったままでごぼごぼとゲロを吐いている。意識があるのかないのか、ただ、僅かな寝息だけは聞こえるので、そのままほうっておいた。柏崎が持ってきたこのスナッフフィルムも、恐らくは純粋な殺人フィルムではないのだろう。こいつが持ってくる「すげえモン」が本当に「すげえモン」だったことは今まであったのだろうか? 随分と興奮したようすで「ピュアなスナッフフィルムだよ!」なんて言っていた癖に、ビールと日本酒を散々かっくらったあとに、「きぼぢばるい」だなんて舌足らずに零して嘔吐、そして女が画面に出てきたところで睡魔に食われてしまった。だいたいこんなもの、酔ってなければ見れるはずがない。俺の方は、たいがい真面目に見てしまったが為に、酒の所為でないゲロを吐き散らかして息を詰まらせた程だというのに。恐らくこれは作り物で、大した臓物だって出ていないのだけれど、それでも初めてみるスナッフフィルムの衝撃は強かった。腹に入っていたものをすべて引っ繰り返してしまった今は、吐く胃酸と元気もないので、ただぼんやりする他にない。最初はぎゃあぎゃあと喚いていた女も、今では半分諦めているのか、細いすすり泣きだけを洩らしていた。柏崎の寝息と重なって、じりじりと鼓膜を攻める。(ああ俺はなにやってんだか、)そんな哲学的な自問自答をしてしまう時は、くそったれの現実に腹が立っている時である。煙草の先で震えていた灰が、ばらばらにほどけて柏崎の指先に落ちた。何気なくそれを見届けてから顔をあげると、スナッフフィルムの中の女が急に、怯えたように俺を見ている。開ききった瞳孔の奥に、淀んだ灰色が見え隠れしていた。悪い画質が女のアップを抜いて、その震える肌を映し出す。(悪趣味、悪趣味だこんなの、これでマスターベーションできるバカがどこにいる、)コンクリートに散らばるビール缶を足で蹴って、画面に背中を向けた。女が絶叫するのと、ぐじゃ、と何かが潰れる音がするのはほぼ同時。甲高い悲鳴なんかじゃない、蛙が鳴いたみたいな気味の悪い断末魔のようなそれに、また胃がぐるぐると回るような気がする。ダメだもうダメだ、クソ、俺の運のツキはこのバカ、柏崎とつるんでしまったことにあるのだろう。すすり泣く女がナイフで肌を切られるのはまだしも、女の太ももがぐちゃぐちゃに潰される様子なんて、正気じゃなきゃ見ていられない。結局のところもう一度、ゲロには程遠い唾をべたべたと吐き曝して、俺はぐったりと倒れ込んだ。視界の端に映った真っ赤な肢体が眼球と脳味噌を着く。赤の間からちらりと、その肌に似た色の綺麗な脂肪が見えた。(柏崎、柏崎のバカ、死ね、バカ、くそったれ、)もうこんなビデオ見てられるもんか、俺はすばやく立ち上がると、レコーダーの電源に指先を伸ばした。大丈夫だ、大丈夫、これはピュアなスナッフフィルムなんかじゃねえ、柏崎のバカが持ってきたパチもんの、「だぁあ、」できるだけ画面に近付きたくない衝動の下、深爪の所為もあったか、届かない指先が空を掻く。思わず喉を逸らしてしまった俺は、退けた筈の赤を視界に捉えてしまった。いつの間にか瞼をひん剥かれた女の眼球が、ぴくぴくと、明後日の方向を眺めている。画面の外から斧を投げつけられた女の足が、反動でがくんとカメラを蹴りあげた。ざあっと画面がぶれ、衝撃による砂嵐が女の体を裂く。「げえっ」そして、画面の外で、この美しい女を痛めつけていた人物の顔が、砂嵐を被せながら映った。「おっ、ぼ、」その男と眼が合ってしまった瞬間、何も残っていなかったはずの俺の胃がひゅうっと音をたてて、喉元にせり上がってくる。ぼたぼたぼた、と、コンクリに汚物が落ちて、(こいつ、)それを見届けるまでもなく酸化した瞳に、(この悪趣味ヤロウ、)変態殺人鬼のゲロ塗れの寝顔が映る。
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