八重歯とヴァンパイア
「自分でさあ、解かってる事をさあ、いちいち人に言われると腹が立つじゃん。僕はお前のこと嫌いじゃないけど、お前のそうゆうところが大嫌い。早く、死ねよって思う。でもお前が死んだらたぶん僕、駄目。駄目ってどうゆう駄目なのかわかんねえけど、駄目なんだよ。昔からそうなんだよな。好きになればなるほど、嫌いになるんだよ僕。好きだから、色々気に入らなくって、胸糞悪くて、文句言いたくなる。んでも、文句言ったらお前に傷が付くだろ。それは嫌。さっきさりげなく言ったけど、お前の事好きだから嫌いなんだって、僕は言いたいわけ。わかる? 僕と付き合ってよ」千葉は軽い口調で続けていたけれど、その顔はいやに真剣だった。あたしはいつもそういう千葉を見ていたし、千葉が真剣な顔するときは、嘘を吐いてるって知ってる。本当にばかばかしいから何にも言わないでおこうと思ってたけど、やっぱりあたしは口を開いていた。指先に髪の毛を絡めていた千葉があたしの口元に注目する。最近真っ黒に染めなおした千葉の髪の毛は、ごわごわでぱさぱさでむかつくけど、なんだかんだでいつもいい匂いがしていた。女の子が使うみたいな、甘いフルーツの香りがするワックスを愛用している証拠だった。開いた割に、口は一向に音を出さない。千葉が眉を寄せた。「う、」あたしはそれだけを言った。「あいうえお」の中にある「う」じゃなくって、呻くみたいな、言葉にならない言葉。千葉が先に音を出した。「どっちだよ」しょうがないので、精一杯口を開いた。そんで、「セックスの後に言う言葉やないわ」と小さな声で言ってあげる。千葉が笑った。本当に、おかしそうに笑っているから、唇の端から八重歯が飛び出す。吸血鬼みたいだ。千葉はいつも、バンパイアの顔をしていた。獲物を狙うみたいな鋭い眼で、あたしを眺めて、いつ噛みついてもおかしくないってぐらいに闘志をむき出しにする。腹が立った。どうしようもないくらいむかついた。くだらない生き方しか出来ないあたしをこうやって甘やかすから、あたしは千葉の胸板を思い切り殴ってやる。「あたしが嫌いなんやったら、こんなんせんといて欲しい。わかっとる癖に。なんでいっつもあんたはあたしを苦しめるん。いっつもしんどいねん。あんたのセックスは乱暴やし気持ちようないしほんま、へったくそ過ぎて欠伸が出る・・・」言葉が消えてゆくのを感じてしまって、あたしは俯いた。声が震えてしまう。これ以上あたしを苦しめるようならもう、いっそのこと本当にバンパイアになって人間界から出ていって欲しい。千葉が、自分の胸板にそっと手を当てていた。そうしてしばらく静かにしていたけれど、やがて思い出したように顔を上げた。「そうだ、僕と結婚しろよ。そうすればきっとさ、お前が満足できるようなセックスしてやるから。なあ、お前さ、なんで八重歯抜いたの?」話に脈絡が無くなってきた。とうとう頭が可笑しくなったんだ、千葉はもう人間じゃなくなるんだ、このまま寝たらきっと横には、セックスの下手なバンパイアが眠ってる。そんであたしを見て、本当は血が嫌いだけど好きなんだって笑うんだ。うっとうしい。「やえ、一緒になろうって」あたしの名前を馴れ馴れしく呼んでくる千葉の眼は、真っ赤になってゆく。いつかこうして横になっても、もう二人は一緒になんか居られない。「あたしは、吸血鬼やなくなった。やから、もうあんたとは一緒におれへん」「きゅうけつき?」「八重歯は勝手に抜けてもうたんや」「やえ、」「もう疲れたねん」「僕が吸血鬼や言うんか」千葉の言葉が変わった。あたしは顔を上げた。千葉は泣いていた。真っ赤になってしまった眼を大きな手で必死に擦って、溢れる涙を拭っている。あたしはやっと、千葉の瞳を見た。「なあやえ、僕が悪かったわ。もう、背伸びせえへんから。お前のこと嫌いなんて嘘や、好きや、好きでたまらんねん」あたしを手にいれたがる吸血鬼は、不器用な腕で、力いっぱいあたしを抱きしめた。「・・・最初から言うてえな、それが聞きたかってん」震える背中に、あたしはそうっと噛みつく。
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