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オーサカ・シガー・ガール





彼女のスカートは、ひらひらと揺れていた。

うすい緑色のロングスカートをはきこなしている彼女は、あたしよりすこし背が高くて、もうすっかり半分まで侵食している黒が金色の毛先を際立たせている。就職活動が始まるから、この黒を伸ばすんだそうだ。一度色素を抜いてしまうと、黒染めが難しくなる。それでも、その身なりは個性的で、彼女らしいとぼんやりおもった。
ストイックな雰囲気の喫茶店に寄ったあたし達は、同じケーキを頼んだ。お互いに趣味が似通っているみたいだ。それでもあたしはキャラメルティーを頼んで、彼女は楽しそうにパッションフルーツ・スカッシュを指差す。そして、店員が去った後に、テーブルの端にある灰皿を指でそっと寄せた。バニラの香りがする煙草をうすい唇に加えながら、スマートフォンをすいすいと使いこなす指は、細くて美しい。すべてが芸術作品のようで、眼の前で彼女が息をしているということ自体が、あたしには信じがたい事実だった。やわらかな緊張が心臓をあたためて、すこし心地が良い。
「煙草、吸う?」
ころころと、転がるような声。ライターを失くしたあたしは、この機会に煙草をやめてしまおうだなんて生温いことを考えてはいたけれど、結局実行も出来ずに、先程から彼女のキャスターを減らし続けている。申し訳ない気持ちと、これから来るケーキへの敬意を込めて、首を振った。あたし達の隙間に漂う煙草のにおいだけで十分、あたしは満足できる。

しばらくして、ガトー・ショコラが運ばれてきた。濃いチョコレート色のケーキに、雪が降ったようなそれ。横には真っ白のホイップクリームとバニラアイスが添えられていて、あたしたちは揃って「アイスや!」と叫んだ。あたしのところにはあたたかいキャラメルティーが置かれ、彼女の傍にはスカッシュが並ぶ。割と珍しい「パッションフルーツ」をあしらっているそのジュースに興味を示した彼女は、ストローを折り曲げながら眼を輝かせた。煙草をくわえていた時と同じようにストローを含んで、ひとくち、飲む。
「・・・ねえ、」
「ん?」
「この味、なんやろう」
パッションフルーツの味、なんじゃないの。あたしはすこし笑って答える。すると彼女は「ちゃうねん、ちょっと、なんやろうこれ、飲んでみて!」と必死に訴えかけてきた。そうなる程のものだろうか、なんて笑いながら、それをひとくち頂く。口内に広がった味に、あたしはぱっと顔を上げた。
「お酒」
「えっ、」
一瞬の間を開けて、彼女はげらげらと笑った。その答えが欲しかったわけではないらしい。確かにカクテルみたいな味やけどな、と妙なフォローを入れられ、ああ失敗だ、と顔が赤くなる。だけども確かに覚えのある味で・・・、
「あー!! ピーチや!」
静かな喫茶店に、ぴんときた彼女の大声が響く。注意を促すよりも先に、「ああ!」とあたしも納得の声をあげてしまって、慌てて唇に手を当てた。周りはひとりで来ている女性や休憩中のサラリーマンしかいないので、二人組というだけでも注目が集まっているというのに。だけど彼女はそんなことにもお構いなしで、そうやそうや、と頷きながらもう一度、ジュースを飲んだ。
( 彼女の小説に出てくる女の子みたい、)
笑うと白い歯が零れて、自然な言葉遣いのうちに潜む感傷、指先まで包まれた情緒。ひとつひとつが物語みたいで、あたしの憧れた彼女、そのものだった。日常を“らしく”生きる、胸を張って、「これがあたしだ」って叫ぶ、その優しさを、あたしは欲しがっているのだ。


「ねえ・・・川上弘美、好き?」
「えっ、うん、なんで?」
「リカの文章って、川上弘美みたいやなあって、思ってさ」
現実の中に潜む、非現実の世界。ありえない事があっても、まるで本当にあったことみたいに語る。それが彼女の文章だった。川上弘美の小説を読んだ時に感じる、どこか知らないところなのに懐かしいと思えるような、そんな感情。
「そう、あたし、川上弘美の小説に影響、受けてん。あの独特な感じが好きで」
「・・・リカの文章は、なんていうか、本当にリカにしか書けない世界だと思う。ふわっとしててかさかさしてて、手触りがよくて、いごごちのいいバスタブみたい」
言っているうちに、なんだかはずかしくなった。誤魔化すみたいにキャラメルティーを飲む。あついキャラメルティーの湯気がまぶたに触れて、すこし眼に沁みた。
「・・・梅ちゃんの文章は、読んでいるうちにのめり込んでいくけど、終わったら急にぽんっ!って、追い出される。突き離される。だからあたしは呆然と、その余韻に浸れるんや。・・・そういうのが、梅ちゃんの文章にはあるよ」
喉を通り過ぎたキャラメルティーが、あつく内臓を燃やす。あつい、と呟きそうになって、ぐっと言葉を呑み込んだ。胸の中がきゅうと締め付けられて、ああこんなに嬉しい、彼女があたしの文章を読んでくれてるってことも、こうやって文章の話ができるってことも。食べかけてぽろぽろと崩れたガトー・ショコラの傍で、バニラアイスがすこし、溶けていた。

リカのほそい指先がとたんに愛おしくなったけど、握る勇気すら出ないで、あたしはガトー・ショコラをつつく。彼女の金髪はきらきらとしていて、笑うたびに、すこし揺れる。あたしのなかに渦巻くこのあったかい感情は、まるで恋心みたいだ。あたしは彼女の文章に、恋をしている。



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