サディスティックロマンス
波がささくれだっている。彼が足を動かすたびにあたしの身体はセックスをしているときみたいに上下に揺れて、彼が腕を動かすたびにイルカの群れが通り過ぎているみたいな水飛沫があがった。あんまりにも雫が眼球に向かってくるので、とてもぱっちり眼をあけられない。しょうがなく、遠くを見るように瞼を半分、たたんで、あたしは彼の上に跨っていた。彼は必死に抵抗する。彼の細くてごつごつした首を押しつけている、あたしの手を強く叩いたり引っ張ったり。バスタブに手のひらをひっかけて反動をつけて、浮かびあがろうとしたり。長い足は、どうしてか、あたしのすぐ後ろに控えている、うすい水色のタイルを壊そうと必死だった。水滴をまとったはだしの足は、びたんびたんと、タイルと共鳴している。ひとつの音楽みたいだった。波の音はとてもうるさい。耳を塞ぎたくなるほどなのに、あたしは彼の首から手を離さなかった。赤いネイルを施した指が食いこんでいく、そのぬるい感触がきもちいい。彼の鼻の穴と、噛みしめている歯の隙間から、小さい飴玉のような酸素の塊が浮き出てきて、あたしと彼を隔てる水面で、割れた。どんな音をたてて割れたのかは、彼が四肢すべてを遣って演奏をするこのバスタブでは、聴こえない。彼が兎のような眼であたしを見上げていた。眼球に這う血管の筋がじりじりと瞳に近寄り、あたしを苛める。裸のあたしと裸の彼はアダムとイヴだった。禁断の果実はここには無い。
こくん、と彼が顎をあげた。その拍子に、うすくて灰色のくちびるからまた、空気の粒が飛び出してきて消える。それが最後の音だ。飛び跳ねていたあたしの身体も、彼の上に重なって終わる。その美しい終焉において、不協和音のように浴室に響いたのは、あたしのあまいためいきだった。ああアダム。あたしのアダム。ずっとここにいてくれるのね。あなたをそそのかす悪い蛇だっていやしないのよ。
首から、赤い10枚の爪がはがれて、背中にタイルが触れるつめたい感触がした。その瞬間、彼はあたしの首筋にむけて噛みつきそうな勢いで起き上がる。何度も何度も酸素と二酸化炭素を出入りさせている肺が、眼に見えてわかるほどに動いていた。こちらに聴こえるくらい大きな心臓の叫びも、一度波を立たせてまた静かになった水に波紋を流す。彼はあたしの首筋で呼吸を繰り返してから、水圧を無視して立ち上がった。素っ裸の後ろ姿もうつくしいのに、あたしの手を離れたアダムは濡れ鼠のまま、楽園を出ていってしまう。
足の指にひっかかっていた鎖が、いとも簡単に栓を抜いた。水に浮かんでいた船のあたしはゆらりゆらりと、それに従って渦に飲み込まれてゆく。このまま、そう、あそこに浮かぶ彼の短い髪の毛のように、あたしも排水溝に身を隠せたなら。ねえどんなによかったかしら。肌に触れる水面のこそばゆい感覚も、ぬるくなった鎖も、ちいさなちいさな竜巻のようにうねり狂う渦も、ここを出ればすべて消えてしまうの。あなたは帰って来ない。空っぽのバスタブのなか、びしょぬれの心を冷やした。
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おちる
キョーヘイには癖がみっつ、あった。ひとつは、煙草を吸うときにフィルターをがじがじと噛むこと。もうひとつは、人の話を訊いていなかった時は「せやね」と言って誤魔化すこと。最後のひとつは、俺の事をなれなれしく、「ミィくん」と呼ぶことだ。キョーヘイはひとのことを猫のように呼ぶけれど、本当に猫みたいなのはキョーヘイのほうだ。ふらっとハッテン場に現れては、見知らぬ男に寄りそったりして、そいつを骨抜きにするために、長く細い指できりりと顎をひっかいてやっている。ゲイには割りきったやつとそうでないやつがいるけれど、キョーヘイはおそらく、結婚しているのだろう。割りきったやつだ。薬指に指輪はないけれど、家庭を持って、もしかしたら子供もいて、休みの日には家族サービスをして、結婚記念日には奥さんに花束を贈ったり、しているのだろう。ふつうのこと。キョーヘイは今年40歳になったというけれど、たぶんほんとうは、もっとオジサンだとおもう。俺は今年、18歳になった。俺は、割り切れないやつで、どうしても男じゃなきゃむりだった。セックスも恋も、相手は男じゃないといやだ。女はうるさいし、ばからしいし、なにより、人の事をおもちゃみたいに扱う。吐き気がした。俺が高校生だってことは、ハッテン場の連中はみんな知っていたけれど、あえてなんにも言うことはなかった。なんにせよ、みんな、飢えているんだ。俺も、キョーヘイも。ある夜も、いつものようにベンチに座って煙草を吸っていると、キョーヘイがすとんと横に座った。おたがい、相手待ちだ。とりたてて言うこともないので、フィルターを噛むキョーヘイを見ないようにして、煙草の煙を吐く。しろいしろい煙は、キョーヘイとは逆方向に吐いたのに、急に流れを変えた風が白々しく、キョーヘイに煙をプレゼントしてしまった。キョーヘイがかすれた声で笑う。不健康そうなまぶたがまったりと瞬きをしている様を見つめてしまっているのに気が付いて、はっとした。「ミィくん、誰待ってんの?」「…カズさん」「ああ。カズさんね。知らんわ」知らないのかよ。「ミィくん、今年いくつになったんや?」「18」「ああ、18。高校生やねえ」知ってるくせに。「ミィくん、彼氏、作らへんの?」「作らない」「なんで?」「めんどうじゃん」「せやろか」「キョーヘイは、」ちびた煙草を地面に投げて、ハイカットシューズでもみ消しながら、振り返る。「キョーヘイは、奥さんに怒られないの?」「…ん?」しらばっくれた声は、鼻にかかっていて、不愉快だった。舌打ちがもれてしまったから、もう何もごまかさないでいよう。キョーヘイのばさばさの白髪は、美容院でちゃんと染めてもらっているだなんて言っていたけど、ほんとうはどうだかしらない。もういい加減、年寄りなのだから、もしかしたらぜんぶ、もとからなのかも。キョーヘイは俺のほうを見ないでいたのに、急にちらりと、目線だけこっちに寄こした。「ミィくん、誰待ってんの?」「……、誰も、待ってない」「そう、ほんなら、一緒にいこか」キョーヘイが立ちあがる。「…今、気が付いたけど、俺と同じ煙草吸ってるね」「…せやね」ああぜったい、今の訊いてなかっただろ、キョーヘイ。その言葉をぐっと呑みこんで、骨ばった細い指たちに自分のそれを絡める。つめたくて、ひんやりしていた。「ミィくん、人と話すとき、眼ェじっと見つめてくるやろ?」「…そーだっけ」「それな、ぞくぞくすんねん」キョーヘイの指先が、ぱらぱらと崩れて落ちて、俺のほっぺたに触れた。
みぎうえ
おじいちゃんは大きな水槽を持っていた。
そのなかには綺麗なきれいな人魚が6匹、いつもゆらめくように泳いでいて、僕は水槽にへばりつきながら、人魚たちを見るのが大好きだった。
ふわふわの髪の毛を波に乗せて元気に泳ぐ人魚、顎のあたりまでの短い髪に可愛らしい花飾りをつけている人魚、ちょっとすました顔でくちびるをとがらせている人魚、
いつも後ろをむいて顔を見せてくれない人魚、おじいちゃんが水槽に近付くと微笑みながら近付いてくる人魚。僕はどの子も綺麗だと思ったけれど、たった一匹、好きで好きでたまらない人魚がいた。
彼女は、うすい桃色の髪の毛に、控え目な朱色のリボンをつけていた。細い腰にはぽこぽこと脊椎が浮いている。小ぶりだけど可愛らしい胸は僕の視線を捉えて離さない。下半身の魚の部分はたっぷりと肉を含んでいて、一枚一枚丁寧に張り付けたような美しいうろこが、泳ぐたびにきらきらした。尾ひれは平べったくて、静かに波を揺らしている。物憂げな瞳はスカイ・ブルー。時折ゆっくり行う瞬きが、とても妖艶に見えた。
彼女はいつも、僕が水槽にへばりついている間、緩慢な瞬きのあとにくちびるを少し動かしながら「みぎうえ」と言う。だから僕は彼女の声に従って右上を見るけれど、そこにはおじいちゃんが水槽の横に寄せた大きな古時計があるだけで、他にはなにもない。僕もおなじように「みぎうえ」とくちびるの動きだけで言うと、彼女はふっと微笑んでくれた。
ある日、おじいちゃんが死んだ。それはあまりにもいきなりで、僕は本当に哀しかったのだけれど、お父さんとお母さんは、なんにも言わなかった。人魚ばかりにかまけていたおじいちゃんが、あんまり好きじゃなかったのだと思う。
とりあえず人魚たちをどうするかという話になったけれど、お父さんは人魚に興味はないし、お母さんにいたってはこの子たちが大嫌いだ。いつも、「災いを呼ぶ」と言って近付きもしない。
両親が出した決断は、海に捨てることもできないので、親戚に人魚を譲ろうということだった。僕がさみしそうにしているのに気付いてくれたのか、お父さんが「どれか一匹、お前にあげよう」と言ってくれた。僕はもちろん、「みぎうえ」を選ぶことにした。そうして「みぎうえ」以外の人魚たちは、お父さんの手によって、親戚の人たちにわたっていった。
僕と「みぎうえ」の生活がはじまった。
「みぎうえ」はひとりぼっちになってしまっても、いつものように憂い表情で水槽を泳ぎ回っている。僕が学校から帰ってきても、大抵は僕のことなんか気にしないで、髪の毛を撫ぜたり小魚と遊んだりしている。広くなった水槽の中、みぎうえは自由に泳いでいるけれど、楽しそうなのかそうでないのか、僕にはわからなかった。
中学校にあがって勉強が忙しくなると、もやもやした気持ちを忘れるために「みぎうえ」を眺めてしまい、水槽から離れることができなくなった。お母さんがヒステリックに怒っても、僕はずっと「みぎうえ」を眺めていた。「みぎうえ」は僕をぼんやり見ながら、「みぎうえ」と言った。ひどい時は一日中、僕と「みぎうえ」はくちを同じ形にぱくぱくさせるだけの時間を過ごした。
ある日、学校の帰り道に、クラスメイトの女の子を見た。彼女は制服のまま、小さな雑貨屋さんに入ると、とても嬉しそうな顔で出てきた。彼女の髪の毛には、ふわふわした赤いリボンがついていた。それは本当にかわいくて、僕は彼女の名前も知らないのに、心臓のほうが思わずどきりとしてしまったぐらいだった。
僕はすぐさま雑貨屋さんに飛び込んで、「さっきの子とおなじものを下さい」と店員さんに告げた。背の高い女の店員さんは、最初はすごく変な顔をしたけれど、僕が「プレゼント用で」と言うとにっこり笑った。「彼女を大切にね」と最後に言われたので、僕は笑顔で頷く。家に帰って、「みぎうえ」にこれをあげれば、彼女はきっと僕に笑いかけてくれる。水の流れにこのふわふわのリボンが揺れると、本当にきれいだろう。
赤いリボンを持って、「みぎうえ」の水槽に走ってむかうと、そこにはお父さんが立っていた。お父さんが水槽の部屋に居るのは本当にめずらしくて、僕はついびっくりして、リボンを落としてしまった。
「お父さん」
僕が声をかけると、お父さんはゆっくりと振り返った。眉間に皺が寄っている。お父さんの大きな体の所為で、僕が水槽の部屋に入る事ができなかったので、恐る恐る、「退いてくれる?」と言ってみた。
お父さんは僕を見下ろして、そっと肩に手を乗せ、「もうこの部屋に来るんじゃない」と言った。僕はリボンを拾い上げながら、震える声で「どうして」と尋ねた。
「…すまんな」
そう呟くと、お父さんは部屋のドアを閉めて、鍵をかけてしまった。
それから僕の生活は、ひどく変わってしまった。「みぎうえ」が見られなくなっただけで、僕の動悸は激しくなって、呼吸もできなくなるほどに体が衰弱した。お母さんは狂ったみたいに「人魚の所為だ」と言っていたけれど、僕は知っていた。
お父さんのせいだ。お父さんが「みぎうえ」をひとりじめしてしまったんだ。その証拠に、お父さんは最近はやくお家に帰ってくるようになったし、帰ってくればすぐに「みぎうえ」のところに行くようになっていた。
僕はお母さんに、「お父さんが「みぎうえ」と浮気をしている」と告げ口した。いけないことをしている意識はまったく、なかった。悪いのはお父さんだ。あの時お父さんは確かに、僕に「みぎうえ」をくれたんだ。お母さんはまた叫びながら、お父さんを問い詰めていた。お父さんは眼を伏せてから、僕を見て、「お前は部屋に戻っていなさい」と言った。その日、お母さんの叫び声はやまなかった。
僕は高校生になった。
「みぎうえ」を見られなくなってから、もう1年くらいになる。最初ほど苦しくはないけれど、やっぱり、今でも「みぎうえ」が恋しかった。
時折「みぎうえ」が、海のように広い水槽で泳いでいる夢をみる。僕もなぜか海の中にいて、「みぎうえ」と波を共有しながら泳いでいるのだ。「みぎうえ」のしっぽがひらひらと、僕を誘うみたいに揺れるので、僕は必死で「みぎうえ」を追い掛けた。「みぎうえ」は付かず離れず、僕が遅かったらたまに振り返って、口を動かした。「みぎうえ」。僕はそんな彼女を見ながら、同じように「みぎうえ」と口を動かす。僕らだけが知ってる暗号のように思えて、誇らしかった。きっとお父さんは、しらない。
あのときあげられなかった赤いリボンを、いつか「みぎうえ」ともう一度逢えた時に渡すために、片時も離さないよういつも持ち歩いた。たまにさみしくなると、このリボンを撫でながら、「みぎうえ」と呟いた。
お母さんとお父さんは離婚してしまった。僕はお父さんに引き取られることになったのだけれど、それはどちらかというと、僕がこの家を離れたくなかったということになる。お母さんは「もう疲れたわ」とだけ言い残して、振り返らずに出ていった。小さな背中は薄汚れているようで、「みぎうえ」の白くうつくしい背中とは比べ物にならなかった。
そして、ある朝のことだった。
がしゃーん、と、鼓膜が破れるみたいな破裂音がして、僕はベッドから転がり落ちるように飛び起きた。何の音なのかは、直観的にわかっていた。どっと汗が噴き出る。慌てて部屋を飛び出して、「みぎうえ」のところに向かった。
部屋のドアは、開いていた。いつもはお父さんが厳重に鍵をしているところだ。迷うことなくドアノブを掴んで倒れ込むように部屋に入る。僕はそのまま、動きを停めた。古びた僕の靴下に、じんわりと水が染み込んでいく、その気持ち悪さも気にならないほどの衝撃が、そこにあったからだ。
水槽は大きく割れていた。黒い絨毯の上に散らばるガラスの破片は星屑のようなのに、それを覆い隠すような真っ赤な血が、きらきらと光っていた。その海のなか、ガラスの破片を被って血だらけになったお父さんが倒れ込んでいる。震える膝を必死で押さえながらお父さんに近付くと、お父さんの眼球がころりと飛び出て、まるでボールみたいに転がりながら、静かに、「みぎうえ」のところに辿り着いた。
「みぎうえ」は、黒い星の海に座り込んでいた。水槽ごしじゃなく、間近で彼女を見たのは初めてで、そのあまりの美しさに、僕は息を呑む。「みぎうえ」はお父さんの眼球を愛おしそうに撫ぜながら持ち上げて、飴玉を食べるみたいに口に放り込み、ごくんと飲み込んだ。僕が小さく悲鳴をあげると、やっと「みぎうえ」が僕を見る。
「みちづれ」
「みぎうえ」は微笑みながらそう言った。
今までで訊いたどんな声よりも美しい、波音のような声で、そう言った。
僕の体がぜんぶ「みぎうえ」のお腹に入ったとき、「みぎうえ」は死ぬのだろう。
スーパースター
気が付いたら、あたしは、金魚になっていた。
ふよふよとした、浮力にかこまれて、狭い視界に窮屈さを感じつつ、あたしは彼を見た。彼は部屋のまんなかで、白いイスに座り、なにかに浸るように、気持ちが良さそうに、ギターを奏でていた。水の中からは、その音色は聴こえないけれど、それでも、いい。ゆらゆらする、水草と一緒に、あたしは彼を眺める。たまに、体を動かさないと、自然に沈んでしまうようなので、気が散らない程度に尾ひれを、揺らした。そのたびに、ゆるやかな波がたって、あたしの体をすこし、撫でる。
彼が、ふと視線をあげた。ぱちりと眼が、あったような気がする。あたしは緊張して、体をちょっと強張らせたので、視界は黙って上にあがってしまった。あわてて、尾ひれを動かして、すこし浮上する。彼は一瞬、考えるように上を見てから、ギターを傍に置いて、立ち上がった。こっちに近付いてくる。彼が来る。ガラスの向こうは、春の陽射しにきらきらと、曝されていて、とても、うつくしい景色だった。汚れひとつない、金魚鉢のなか、あたしは瞬きする。ぽってりとしたお腹が、重たいけれど、彼の為に、短い尾ひれを必死で、揺らした。
金魚鉢の上から、彼は、あたしを見ていた。金魚のあたしが、彼を見つめ返すのは、すこし難しくて、あたしはバカみたいに、尾ひれを懸命に動かす。まれに、あたしのものと思われる、赤い尾ひれが、視界の端に挟まれた。彼は、細くて長い指を、爪先だけ水に入れて、ゆるゆると動かす。波がすこしたって、あたしはそれを利用しながら、顎をあげた。水面と彼の部屋の空気との間で、彼の指を、ついばむように甘噛みする。つめたい水が、口の隙間をぬって、たくさん体内に流れ込んできたけれど、あたしは当然の様に、それらを、えらぶたから逃がしてあげた。一心不乱に、彼の指に、キスをする。彼はやんわり、微笑んで、かわいいと、呟いた。
眼が覚めると、あたしは、天井を眺めていた。天井に張り付けた、ポスターからは、ギターを抱えた彼があの微笑みを、零している。カラフルでポップな書体で印刷された、彼の名前を、ぼんやり眺めた。あたしは、ぎゅっとシーツを掴んで、お腹に力を入れる。上半身だけを起こすと、声を出さずにすこし、泣いた。
---Special Thanks / Maiko & Ed---
いちごちゃんとれもんちゃんログ
Twitterより
いちごちゃんとれもんちゃんは中学生くらい
いちごちゃん…天真爛漫で、物凄くかわいらしくて、ハーフっぽくてお人形さんみたいだけど、すこしわがままで小悪魔。おもわせぶり。不思議ちゃん。所有欲が強い。ごはんを食べるよりお菓子を食べていたい。でも泣き虫。運動はできないけど勉強ができる。映画や美術、おしゃれが好き。
れもんちゃん…ふつうの女の子。故に、ネガティブで神経質。わりと器用。運動ができるけど勉強はできない。でも読書が好き。体重を気にして、お菓子は控え中。人前で泣くのがいやで、その所為で泣くことができず、唇を噛んで耐える(ちなみに唇はかさかさ)。
れもんちゃんはいちごちゃんに、可愛さ余って憎さ100倍な気持ちを抱いていたらいいな。ふたりはセーラーが似合うかもしれない。丈の長いスカートとか。いちごちゃんはちょっと短くてもいいな。いちごちゃんは小柄で細けど、れもんちゃんは背が高くてふつう体型。
2月2日
おひるねしようか っていちごちゃんが笑う。真っ赤なくちびるが つるりと笑う。わたしも とてもねむい。れもんちゃんねむいね ねむいねいちごちゃん わたしたちはねむる。
/
れもんちゃん、足が冷たいの ソファーに座ってこっちを見ながら、いちごちゃんが言う うん、冬だものね れもんちゃん、さむくないの? さむいよ そう呟いてわたしが首を竦めると、小首を傾げる彼女の裸足の足が、冷たい床にそっと触れた あたしのマフラー、貸してあげる え…でも、いいの
いいよ。つかってよ いちごちゃんが差し出すその真っ赤なマフラーに、わたしは戸惑ってすこし笑った いちごちゃんは笑わずに、マフラーをわたしの首にそっとかける いちごちゃんからはあまいあまいにおいがして、わたしはそのにおいをそっと、くちに含む ああ、あまいね なにが? …ひみつ。
2月3日
鬼は外、福は内 れもんちゃんがぽろぽろと言葉と豆をこぼした 鬼のいない節分ってなんだかさみしいわ あたしはアスファルトを跳ねる豆を見ながら言う
れもんちゃんは指先を叩きながら 渡る世間に鬼は無し と呟いた そういうことなの そういうことだよ れもんちゃんがひとつだけ余った豆をぽりぽりと噛んだ じゃあ鬼はどこにいるんだろうか あたしは鼻歌をうたった れもんちゃんは空を見ながら、豆をのみ込んでいる
/
右眼がいたいの いちごちゃんがほろほろと泣いていた 見せて わたしはそうっといちごちゃんの眼を覗きこむ ぬれた瞳の奥に星がいた ぱちぱちとはじけながらいちごちゃんを苦しませる星 それでもうつくしい星 こすらないで いちごちゃんが指先を右目にのばすので わたしはその指をにぎる
じっとしていて 指先に力がなくなったところで 星の奥にみつけたちいさな埃が 澄み切った涙の海に流れていくのを見た ああよかった、みつけたよ まだいたいわよ 眼を閉じて いちごちゃんは素直にまぶたをぎゅうと閉じる 目尻のくぼみに流れた埃は しずかにわたしの指に着地した
れもんちゃん取れたの 取れたよいちごちゃん いちごちゃんは嬉しそうに笑ったけれど 頬に零れた星のおかげでそれが とてもはかなく見えた わたしの指先の埃は もうすっかりと乾いて ふてぶてしくわたしの指にはりついていた
2月7日
ひいふうみい いちごちゃんは鼻声で飴を数えていた いつむうなな どうしてそんな数え方なの べつに…いみないよ かぜっぴきのいちごちゃんはすこし機嫌が悪かった 飴はあまったるいミルクキャンディ ななつの飴がいちごちゃんの掌で転がる 喉がいたくて飴がたべられないの か細い声だった
2月14日
あめだね れもんちゃんは窓のそとを見ながらいった あたしはくちびるのなかに飴を含んでいたから ちょっとめんくらって喉を張る れもんちゃんはこっちを見なかった あめだあ そしてもう一度、確かめるみたいにいった
飴の甘味を唾液にまぜて 口に溜めこみながら あたしは通学カバンから小さな袋をとりだした ねえれもんちゃん なあにいちごちゃん チョコレート、あげる えっ れもんちゃんはやっとこっちを見た 髪の毛の端が 湿気のせいですこしうねっている そのまっ黒を見ていると なんだか変な気分になる
つくったの れもんちゃんは本当にびっくりしたみたいだった あたしは上履きをこすりあわせながらうんという なんだかすこし恥ずかしかったけど 昨日れもんちゃんのことを考えながらつくったこの小さなチョコレートケーキを 今あげないでいつあげるの とおもったのだ
ママはあたしが男の子にあげるとおもっていたみたいだけど あたしは男の子とお話するよりれもんちゃんといるほうがすきだから きっとそういうことなんだとおもう れもんちゃんはとてもとても丁寧に袋を手に取って 宝石にさわるみたいにケーキを取った ぽろぽろと スポンジが机におちてゆく
おいしいよいちごちゃん れもんちゃんはもぐもぐと口を動かしながらいった とってもおいしい ほんと? ほんとだよ、食べてないの 味見しなかったの じゃあ、食べて れもんちゃんは食べかけのケーキをこちらに差し出した 細くてちょっと乾燥した指先にうすい爪がぴったりと張り付いていた
小さくなっていた飴をあわてて噛み切って 呑み込んでから その指にそっとくちびるを近付けた ふわり と 雲を食べているみたいな触感がして すぐにチョコレートのあまいにおいが鼻をぬける おいしい ね、そうでしょ れもんちゃんはあたしの顔をみながら笑った
机に落ちたスポンジのかけらでさえその指で摘むれもんちゃんの スポンジよりやわらかくてチョコレートよりあまい笑顔が あたしのすべてなんだとおもった 帰ってママにお礼を言わなくちゃ あたしが心の奥でそうつぶやくと れもんちゃんは すてきな雨の日 と歌うように囁いた
2月25日
いちごちゃんのくちびるがすこし、濡れていた わたしはそっと指先で 窓に張り付いていた水滴をはじく いちごちゃんは空を見上げて 春ね とつぶやいた マフラーを巻いた首筋があつくて もう冬が背中を向けていることを知った
ねえれもんちゃん春になったら、 いちごちゃんはそこまで言うと黙った なあにいちごちゃん ううんなんでもないの、ただ、これからもなかよくしてね あたりまえだよ! わたしは驚いて眼を見開いてから笑った いちごちゃんは泣きそうな顔をしながら笑った いちごちゃんには春がよく、似合う
3月12日
ねえれもんちゃん、れもんちゃんが息苦しくなったらあたしがキスをしてあげる いちごちゃんは眼をつぶっていた そんなこと、したらよけい苦しくなるんじゃなあい? わたしは少し笑った いちごちゃんは眼をつぶったままで 一緒に苦しくなってみたいの と呟く 心臓だけがどきどき鳴った
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